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2017年02月17日

ママ友交際術-嫌われる勇気?

カテゴリ:ママ友ママ族ママ派閥
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【嫌われる勇気】、TVドラマのタイトルをちょっと借りてみた。心理学者のアドラー氏の言っていることを書いた同名の本を元に制作されたドラマとか。家で話題にしたら、長男が「オレ、その本、持ってるよ!」とな。

ついでに長男、続編と言われる【幸せになる勇気】も所持していると。しかし、そちらは、本屋の袋に入ったまま!、読んでないのね~(^^;) 【読もうとして購入した本を買ったままの状態で放っておく】のは、アドラー的に言うとどうなるんだろうね~?。「長男よ、君は、本を何のために買っているのだい?」と疑問は残るが、でもそれは、「私の課題じゃない。」ってことになるのかな?、なので?、深く考えるのはやめておこうっと(^^;) 多分、私は、機会があったら読もうかなと思った本が手近なところにあったのを喜んでいればいいんだね。(^O^)/

【嫌われる勇気】な~んて聞くと、【嫌われること】が【最善】と解釈し、【嫌われることが必須】などと思う方もいたりしないかな~、最近は、SNSなどで注目を浴びたいがためのおかしな行動もあるし…【嫌われても好きなことをやること】が【最善】な~んて思ってしまったらどうすんねん!とか、カッコいいなんて間違った解釈をし【嫌われて孤立する】行動をあえてとったりしないかな~などと、少々気になった。 (↑ 考えすぎ?) まあ、そんなひねくれ者もいないとは言えないが、人はおおむね、【嫌われる】ことよりは、【好かれる】ことを好み、そして、それは、【自分の好きな相手には嫌われたくない】だったりする。中には、【大勢の人に好かれたい=誰にも嫌われたくない】なんてのもある? 基本的にはそういうこともあるかとは思うけど、自分に嫌いな人が1人もいない方なら致し方ないのかもしれないが、そりゃあ土台無理っしょ。感情って流動的で、昨日の【好き】が今日は【嫌い】にもなりうる。恋愛熱にうなされている一時ならあり得るかもしれないけど、【相手の全てが好き!】とかお互いにありえない。だから? 【嫌われる】ことは、そんなに考える必要もないんだよね。などと私は勝手に思ってしまう。

【嫌われる】ことにハードルを感じ、【勇気】が必要と思ってしまうのは、経験値不足もあると思う。 いろいろな人間がいるところ(学校とか会社とか)に登場して初めて人間関係のトラブルに巻き込まれたとか、今まではそんな変な人がいない世界にいたのに、突然出会ってしまったとかって案外少なくないように思う。いきなりそれでは、ハードルが高すぎるってことにもなりうる。

私は、人を見る時、全部を嫌うっていうのは避けたい方で、そりゃあ、「できれば、そばにいたくないよ~」って方もいないわけじゃないけど、そこそこはお付き合いをする。人間、いいところってのが、何かしら、数は少ないかもしれないけど必ずあるもので、「嫌いだろうが、そういう部位は認めなきゃいかん!」くらいには思っている。好き嫌いの感情を思考の前に位置づけると、モノを見誤りそうに思うんだよね。「あの人は、ここが悪いから全部悪いはず!」な~んて思いたくない。で、私は勝手に、他の方も少なからず ↑ な風だろうと解釈し、「自分にも好き嫌いはあるしな~」とか、「部分的な好き嫌いはしゃーない!」とか、「頭のてっぺんから足の先まで嫌われているってことはないっしょ。」とか思い、好き嫌いの感情を最優先にした行動は極力控えるようにしている。

↑こちらもおススめ!

ってなわけで、若い頃は、【嫌われる】ことに対して、何かしらあったようにも思うが、今現在は、【嫌われる】とか【嫌われるかもしれない】ということはあまり考えない。それよりも、自分の人生を自分なりに有意義に終わるために必要と思われることと判断できるモノなら、今の私は、それをすることがたとえ嫌われるであろうことでも平気ですると思う。また、もし、【嫌われる】=【交友関係の終わり】であっても、私は、自分の生き方を優先する。なぜなら、自分の人生を自分なりに納得したものにしたいという思いが強いのもあるけど、私の行動の結果、今まであった交友関係にひびが入り、終わってしまっても、私は、それはそれで、そこで終わる関係だったのだと思うと思う。私は、既存の人間関係にどんなひびが入ろうが、お互いが修復しようと望むなら、いくらでも修復は可能なのではないかと信じてる。だから、もし、そうできないのなら、そういうものだったんだろうで終わり。双方別の人格を持った人間なのだから、時にぶつかり合ったり、トラブったりなんてあって当たり前だもん。  何をやってもね~、自分の行動や言動の結果、嫌われる可能性は、どんなときにも内在しているもので、勇気が必要の範疇には入らないと私は考える。

過去に、部活の保護者という立ち位置で、他のおっかさん方とバチバチやりあったりもあったけど、自分の考える、より良い結果を出すために、自分が悪者になる必要があると感じた時、自分が悪者になることを、仕方ないじゃんって思っちゃうんだよね~。だって、一部の部活のママさんではあるけれど、自己中心的で、自分にとってのだけの局所最善に走ってる姿とかサ~、頭にくるんだもん。「ふざけんじゃねぇ!」って感じ。ご本人はそれでいいと思っているかもしれないけれど、周りの人間はたまらんよ。ここで私とガチャガチャしたことで、多少痛い思いをし、少しでも周りのことを考えられるように変わることができれば、ご本人的にも悪いことじゃないわい!くらいに私は勝手に 思っちゃうんだもん。(;^_^A ま、そう思ってガチャガチャやっても、結果は、思ったようにいったりいかなかったり、なるようにしかならないものではあるけれど、自分が捨て身で関わってりゃ、最悪の事態くらいは避けられる。後になって理解してくれる方も何人か出てくる時もあるし~(期待しているわけじゃないよ~)。 それにね~、ママ友に限らず、何かのトラブルが起きると、それぞれの対応で、どんなに日頃善い人であっても、本心が見えるっちゅうか、なんだろうね~、そういう機会はめったにないので、結構必死でガチャガチャやってる割には、携わる人間の行動分析したりして、今後の交際に生かそうとしている自分がいたり。(;^_^A 上手く言えないけど、自分すらも【駒】の1つくらいに思っちゃうっていうか、そんな感じなんだよな~ (↑ 変わり者なだけ?) 

人それぞれキャパが違うから、目の前のハードルもいろいろで、人によっては、他人から見れば笑ってしまうようなモノもあるかもしれない。飛び越えるのに【勇気】が必要なこともあると思う。たまたま、そのハードルが【嫌われたくない】と考えている方の【嫌われるかもしれないと想像がつく行動】を決行する時のハードルだったってこと。でも、1度飛び越えることができれば、そのハードルはハードルでなくなるんだよ。そうでもない? まあ、1つ無くなっても次が出てくるのが人生ってモノかもしれないが… 私は… それが、自分の人生において、越えねばならないハードルと思い、勇気でも何でも使って、飛び越えようとしている方には、エールを送りたいな。始めは失敗しても何度かやっているうちに何とかできるようになると思うもん。人は1人では生きられないものなのだし、余程のことがない限り、頭のてっぺんから足の先までぜ~んぶ大っ嫌いになられてしまうことなんてないから、早いとこその課題をクリアーして、対人関係の場面で、無理することなく自分らしい状態でいられるといいな~と思う。

問題はサ~、ハードルの存在も感じずに、自己中心的にと突猛進する方だろうな。何がそうさせるかわからんけど、多分小さいころから、親が、現れているはずのハードルを先回りして、取り除いたり、代わりに飛び越えたりしたんじゃなかろうかと思ったりする。 (↑ 考えすぎ?)

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posted by 一匹猫9792 at 15:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | ママ友ママ族ママ派閥 | 更新情報をチェックする
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