【PTA】って言葉に拒否反応起こす方も中にはいる? いるような気がする。(^^;) でもな~、PTAをなくして、その言葉を使うことがなくなったとしても、「親の会」とか「保護者会」って名前で、似たような組織は、消えないと思う。多分、消滅しても、またできるのじゃないかな? だって、人数がまとまれば、組織になった方が都合がいい面は多い。 組織でないと、最悪、決め事がある時、その都度、全員集まるようになっちゃったりしない? 先生が仕切ればいい? それもアリだけどね~、先生方の倫理観を何も考えず信じていいかどうか私は疑問だ。世間のニュースなど見ていると、学校は、生徒家族の味方と必ず言えるかって、確信は持てない。そんな風に思わなくたって、子どもがいれば、健在かどうかは別にして、養育義務を担った、親らしきものが存在するのは当たり前だもんね。だから? PTAって組織が消滅したとしても、「親の会」とか「保護者会」って名前を変えて、出てくるように思う。だって、養育者が、養育期間、養育を全て教育機関にお任せでいいわけない気がするけど、そうでもない?。私は、子どもの成長には、さまざまな角度からのかかわりも必要だと思っている。(← 私だけ?)
子どもが3人いるので、あっちこっちでPTA役員は経験したけど、PTA会長はさすがに上の会合なんかの出席もあるから、激務といえると思うけど、一般の役員の業務は、おおむね、年に3回くらいの会議出席とかだったりする。(うちの方は、)生活が多様化して、忙しいもいろいろかと思うけど、「それも、嫌なのか~」私には、こりゃあ、もしかして、業務内容も確認しないで、「役員、嫌、嫌!」って言ってんじゃないのかな?。って思う時がある。で、【PTA】って言葉が1人歩きして、忌み嫌われてる~と考えに至る。
私は、PTAは、自分の子どもの所属団体への協力くらいに考えている。(無駄と思われる業務がないとは言わないけど)でも、役員選考の様子(^^;)? を見た時、そんなにみんなが嫌がるなら、なくしちゃえばいいのにって思ったことはある。でもね~、やってない方にお願いしたり、くじ引きだったりで、役員は選出されるし、役員が選出されれば、それなりに役どころをこなして、結果的に運営に支障がが出ない… それを繰り返してるから、なんとなく回っているようにも見えた。
PTAは、個々で色々で、問題が少ないところもあるし、問題だらけのところ?もあるかと思う。今、年度の節目で、総会ってのがあるので、できれば出席して、わからないことや不安があったら、世間で言われているPTAとの違いを自分の目で確かめておいた方がいい。なんて私は思うけど。自分の目で確かめもしないで、ずーっと無関心で、役員選考の時(◎_◎;)ってのが、意外に多いのじゃないかな? 文句があったら、まず、総会で、活動報告、会計報告、活動案、予算案…etc. 承認しなけりゃいいと思うけど、委任状出して知らんぷりで、役員選考の時に「あーだ!こーだ!」言ってもね~ 何かおかしくないか? と私は思う。 活動案に賛成しといて、活動協力をしない(役員、嫌)はダメだろ。普段の生活だって、おおむね、自分がOK出したものは、前向きに取り組むものだと私は思う。
自分で土台を作っておいて、その上でガチャガチャやっている。総会で、活動報告、会計報告、活動案、予算にOK出しておいて、「役員、嫌!」って、ことをしているのだから、そこだけ見ると、私には、ただの駄々っ子! とも思えるよ。業務見直しは、なるべく多くの方が無理なくできる範囲に変えていくべきなんだから~ 多くの方の意見って大事だと思うよ。 温度差っていうのかな? 中には、一生懸命すぎる方もいないわけじゃない。一生懸命って悪くはないんだけど、自分に続く次の方を育てるとか、あるいは、次の方ができる範囲と限定しておかないと、せっかく一生懸命やっても、反感を買うことになるし、それが、良いことだったとしても、続かなけりゃあ、何のための一生懸命だか? っても思う。そもそも、他人の共感を得られない【一生懸命】って、組織においてどうなんだろう? 全部じゃないけど、そういうの目にすると、自分のスキルをひけらかしてるだけとか、自己満足とか、頭をよぎる。(^^;) (← 全部じゃないよ~)
総会で、「次期役員の選出が難しい場合、来期は、業務休業でお願いできませんか?。」って、1度やってみるといいんだよね。だって、み~んなが、都合が悪かったら、仕方ないと思うけどな。そういう発言をすることで、問題提起になり、組織の見直しの方向へ向かうのじゃないのかな? (← と、後になって思った。)
人間身体は1つしかないのだから、必ず優先順位がある。本人の考え方にもよるけど、PTAは、大きな犠牲を払ってまでやるものじゃない。できる範囲のことをやればいいと思う。できることとできないことを伝えて、誰かに協力してもらう。私は、それでいいのじゃないかと思うけど、助ける方がいないのか、自分で抱え込みすぎる方が多いのか、そこら辺でぎくしゃくしているようにも思う。
うちの子どもがお世話になった学校は、流れが悪かった。なんだかよくわからんけど、「役員は1度やったらやらなくていい。」ってのが横行していた。数が足りていて問題がなければそれでもいいのだろうけど、1度やったら、知らんぷりって感じで、なんでも、低学年の方が業務が楽だからやりたがる方は多く、高学年になると、「外国人か、母子家庭か、転校生が残る。」って話もあった。また、小学校でのそれを、中学校まで持ち込む方もいて、なんだかな~、で、それを知らない方や、変だよな~(← ワタシ)と思う方が、、2ケも3ケも役員やってたり、生活の事情があって、とてもできないような方に押し付けたり… 自分がやらないためなら何でもアリ!って見えて、殺伐としたものを感じた。楽とか楽じゃないもね~、人によるだろうし、1回云々も、多分、最初は、やり手がいなくて、1回はやって欲しい! くらいの話だったのだと思う。それを、【詔】のように振りかざして、自分の子どもの友だちの親かもしれないのに~、なんでよ~って思ったもんだ。
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「1回やれば~」の1番悪い点は、反省点があったとしても、次につながらない。業務があれば、何かしらの改善点があるかと思うけど、「私は終わったから、次は勝手にどうぞ!」的な姿勢なので、次の方は、反省点の改善もしないままだから、一向に状態が良くならない。その繰り返しになること。それは、私には、奇妙に映ったな。
後はね~誰だって、よくわからない組織の長がくじ引きで当たったら、いやだと思うんだよね。フツーはサ、前期の副会長あたりがやるのが望ましいと思うのだけど、それもなく、いきなりくじ。それにも違和感を感じた。
学校のお手伝い業務と考えるなら、PTAは、
【Parent-Teacher Association】
【T】もいるんだから、【T】にまとめてもらう方法もある。とりあえず、【P】の地獄絵図のような役員選考会(← 言いい方悪い?)は、なくなるかなと思う。お手伝いが必要な時だけ、保護者全員に要請して募る。私は、先生方の仕事が増えることになるので気の毒に思うけど、【T】の了解があれば、それも可能だと思う。PTA役員選考があることで、保護者間の関係が悪くなるのなら、それもアリだと思う。
↑ は、悪くはないんだけどね~。組織運営じゃなくて、その都度っていうと、人員数確保が確定じゃないのが、ネックかな。↑ のような提案をしてる方もいるけど、私はその方も含め、要請があったとき名乗りを上げるかどうか不安だよ。なにしろ、私が取りまとめをやっている同窓会のお手伝いだって、要請しても、出席者40名中たったの3人だったんだから。
▼▼ 参考記事 ▼▼
・同窓会-案内状にまつわる事
・同窓会-案内状にまつわる事
で、人手が足らなくても、人手があるときと同じようにやろうと思ったら、人手が足りないことで、業務は過酷になる。そうすると、やってくれる方は、激減するだろうね。で、そこで、「できることをできる範囲で、」って考えると、例えば、学校行事の運動会、学校の立地にもよるけど、車で来る方が多い。駐車場係が必要となった時、お手伝いを要請しても、全然いなかったなんてなったら、学校側は、「各家庭、徒歩でお越し下さい。」なんてことにもなる。それを「仕方ないわね~」って考える方ばかりじゃないってのが問題だよね。
役員選考会で思うことは、人の生活は様々だから、仕事によって、生活状態によって、PTAの活動時間に動くことができにくい方もいると思う。私は、そういう方が露出するのは、よくないよな~とは思うんだよ。生活もそれぞれだし、PTA活動も、それぞれだろうから、一概には言えないと思うけど、役員選出に関していえば、理想は、自己申告で回りの了解を得る免除ではなく、黙って除外、がいいんだよね。人数が多い学校では、無理だけど、そこそこの人数なら、周りが知っていて、役員選考の場で、本人以外から、「あの人は、〇〇で、無理だと思う。」そんな発言があるとか、あるいは、「あの方がやることになるのなら、私が代わりに~」なんて (^^;) 無理?
どうなんだろうね~。 交友関係の構築として、本当に大変な時、代わってもらえる友達っていない? 私は、役員はないけど、交通当番は、友人の分もやったな。友人の子どもが小さかったから、大変だと思ったから、私が代わりにやればいいんじゃない。って代わったよ。そういう交友関係を持たない方が増えてるってもいえるんだろうね。
私は、PTA役員であろうがなかろうが、自分の子どもの友だちかもしれない親御さんとは、うまくやっていきたいし、自分ができる範囲でになるけど、助けたいと思う。で、まあ、役に立っているかどうかは、わからないけれど、長~いスタンスの1回じゃなくて、毎年1ケはやろう(頼まれたら断らない程度だけど)という姿勢ではやってきたし、必要と思ったら、他の手伝いもした。
▼▼ 参考記事 ▼▼
・PTA、今年も手伝った廃品回収
・PTA、今年も手伝った廃品回収
そんな風に思う人間が少ないのか、気軽に変わってあげられる業務じゃない(激務?)ところが多いのか、PTAは別物なのかよくわからない。? そう考えると、PTAがなくなろうが、他に問題は噴出してくると思う。(まあ、生きてりゃそういうものと言えなくもないが…)
もう、末子も高校生なので、小中のPTAをどうこうできる立場ではないけれど、後であわてないように、総会は出ていた方がいいと思う。自分の所の予算案が適切かどうかくらいは、チャックしといた方がいい。予算があるから、業務があるっても言えるし、無駄な使い方していたら、会費を下げるという申告も必要になってくる。そこが健全と思われるなら、大丈夫なのじゃないかな~ で、それだったら、前向きに考える。でいいのじゃないかな? で、後進のために何とかした方がいいと考えて行動ができるのならなおいいと思う。
私は、理想になっちゃうかもしれないけど、PTAは金のかからない集団であるべきだと思っている。収入が減れば、業務も減るし、支出を控える方向へ向かうことで、無駄を省くようになるんじゃないかな。とはいっても、自主活動がなくなると、学校の小間使い集団になりかねない。その辺のバランスが難しいところだな。
その昔、長男に「PTAなくなったら、どうなると思う?」って聞いてみたことがあったけど、
「学校が好き勝手できるようになる。」
って返ってきた。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。何とも言えないところが難しいところなんだろうな。


