-人付き合い- を考える上で、-相手の立場を思いやる- っていうのは、とても大事な事と思う。誰かの立場を思いやった結果、-足並みをそろえる- 必要が生まれる場合もないとは言えない。でもな~、時々、特に部活のママさんたちの考える -足並みをそろえる- とか -みんな一緒に- なんてのには、軽い抵抗感がある時がある。私が変わってるのかなぁ~と思ってみたりもするんだけど…「付き合ってられんわ!」なんて思う事が多い。(^^;)
生きていれば、モノをいただいたり、世話を掛けたり、そういうことはしょっちゅうで、申し訳ないな~なんて思えば、お礼をしたりすると思う。それは、感謝の気持ちがあり、それに沿った行動をとるだけだと思う。時に、品物が飛び交う事があるけど、世話になったと思うなら、日頃のお付き合いでも、埋め合わせる気持ちってのは欲しいよな~なんても思う。立場にもよるのかもしれないけど、-人を助ける行為- っていうのは、そこら中に転がっているものだと思う。それに手を出さず、お礼の品を渡して、終わりにするっていうのは、なんだか、違うような気がしてしまう。まあ、中には、-見返りを求めてる- 行為もないわけじゃないから…見極めは難しいのかな~?
先日、スーパーで、3男が夏に引退したバスケ部の同学年のママさん(Mさん)に会った。そしたら、
「みんなでHさんにお礼をするようだよね。」
と聞かされた。Hさんという方は、今、2年生の保護者(先輩の保護者でもあるが…)で、試合があると、試合を録画し、自分の撮ったDVDをダビングして皆に配ってくれたりしていた。-飛ぶ鳥後を濁さず- なんて言葉もあるし、卒業する前に、お礼をすべき所には済ませておきたいっていうのはいいんだけど、「みんなで」って言葉に引っかかりを覚え、そこ、足並みそろえる所かね~なんて疑問が湧いて、
「個人的にすればいいんじゃないの~」
と言ってみた。
Mさんを含め、うち以外のレギュラーメンバーの親の言う「みんな」の範囲は、要注意で、バスケ部の同学年の部員は7人いるのに、『みんな=レギュラーメンバーだけ』っていう場合が少なくない。私は、常日頃、「ダメだろ、それ!」って思っていて、これまでも、同学年7人でやる事には付き合うけど、レギュラーだけってのに付き合う事は避けてきた。
Hさんの試合録画やDVD配布は、部が依頼したわけではなく、あくまでHさんの好意によるものになる。Hさんが、自分の子どもを撮るついでに、上の学年の分も録画し、ダビングし配ってくれている。そうすると、全員に均一に配られていない可能性もないわけじゃない。もし、ミニバスから付き合いのあるレギュラーメンバーにしか配っていなかったら、Mさんの言う「みんな」が、たとえ同学年の7人だとしても、みんなで -お礼- なんてのは、おかしなことになる。
また、うちは、Hさんと他の方よりは親しい?せいか、うちがビデオカメラを買ってからは、Hさんには撮影だけをお願いして(私より撮影の腕がいいから、話の流れでそうなった。)、ダビングして皆にDVDを配るって作業は、うちがしていた。私は、当然、撮影をお願いした試合に、Hさんの息子のH君が出場していれば、それをダビングして渡していた。また、私は、過去に何度か、手作りのお菓子とかちょっとしたお礼もしていた。
そして、Mさんの話は続く…
「ミニバスの頃からずっともらいっぱなしで…」
「え~!!」目が点になった。いや~、それ、ないでしょ。私には、考えられないわ。この、中3の部活引退後の時期に、ミニバス時代の頃まで含めて「みんなでお礼を…」とかの感覚。Mさんとの会話では、毎度、私には、異次元の考えもつかない言葉を聞かされる。「こりゃ、付き合ってらんね~」と思ったので、
「ミニバス時代の事に、中学からのメンバーを巻き込むのは、変だよね。ミニバス時代の事は、もう、時効でしょ。」 (そん時に何もやらなかったあんたが悪い!と言葉の裏に思いを込めた。^^;)
Mさんに言わせると、お礼は、皆でやるべきもので、足並みをそろえる必要があった。故に、単独プレーは、それに反するので、控えていた。ってらしい。いや~、Mさんは、ミニバス時代、保護者会会長だったんだよ。機会はいくらでもあったと思うけど、その時、自分で何もアクションを起こさなかった。って事になる。そう考えると、Hさんへのお礼の話しなんて、ついでに出ただけで、別にどうでもよかったんじゃなかったのか!っても私には思えた。(心のこもらないお礼なんて、何の意味がある!くらいに私は思っている)
足並みをそろえるために、様子を伺っていたのだろうか? -お礼- ってそういうもんなのかな~?
彼女の中の優先順位は、最初に、グループの足並みをそろえる事が来てるんだね。私は、それは、大事なことかもしれないけど、時と場合によると思う。Mさんは、「みんなで~」と言いつつ、自分で -旗- を振ろうとしていない。いつも、どこか、「誰かがやってくれる。」のを待っている状態。そこには、-旗- を振ることで生まれる -責任- の回避の姿勢がうかがえるように思う。-旗- を振ろうとしない -みんなで~- なんて、無視したって問題ないと思うよ。
-足並みをそろえたい- なら、そのエリアで、自分が提案すればいいだけと思う。それが出来ないって、なんだかな~? そんなに窮屈なモノなんだろうか? もし、そうだとしたら、私は、そんなモノが足かせになるグループ(群れや派閥)は御免だと思う。
私にしてみれば、「なんじゃ、そりゃぁ!」の世界なんだけど、「群れ」に所属してしまうと、そういうモノが見えなくなるんだろうね~ 私は、勝手に『群れの弊害』と呼んでいる。(^^;)
これが、身内の悪さだったりすると、お伺いを立てる事が隠匿につながったりするんだ!とも思ってもいる。 (↑ 考えすぎ?)
-足並みをそろえる- ってのは、自分がそろえようとする時も、他人から声を掛けられた時のいずれでも、どのエリアでそろえるつもりなのかってのを注意して考えたい。部活なんかの場合は、バスケ部として足並みをそろえる必要はあると思うけど、学年別にキッチリ足並みをそろえちゃうと別な問題が発生したりするし、あんまりやんない方がいいように私は思ってる。よ~く考えれば、生まれた年が、1,2年違ってたって話なだけだし~、また、特定のまとまりで足並みをそろえるってのは、必ずはみ出る方が出るモノなのだから、やらないに越したことないと思っている。故に、私は、レギュラーメンバーの保護者が、「みんなで~」なんて言うのは、あんまり乗っかりたくない方なんだ。(^^;) 足並みをそろえたつもりが、結果の状態が誰かをハブってるになる場合があるんだよね。私は、それは、避けるべきものだと思うよ。私は、そんなモノがちらついた時は、レギュラーとか、3年とかの所属は無視して、個人的に事を済ませる。後で、何か言ってくる場合もあるかとは思うけど、私が言われるだけで済むんだから、誰かがハブられる状態を作るより、よほどいいと思ってる。
モノにもよるけど、私は、良かれなことと判断できる行動が思い付いた時は、組織の中で許可を得る必要があるモノは別にしても、お伺いを立てるなんてことは無視し、先に行動してしまう。意識的に、事後承諾の形にしてしまうんだね~。それがスタンドプレーって言われる場合もあるかもしれないけど、相談する相手が、自分の利益優先(派閥の平穏)の考え方をしてるなら、-お伺い- は、めんどくさいだけなんだ。やってしまった後で、「ごめ~ん!もうやっちゃった(言っちゃった)。」って謝ることをする時はあるけどね。過去に、文句を言われたこともあるけど、だいたいは、私の場合、事情を説明をすると納得せざる得ないことが多いので、相手は、何も言えないで終わる。(^^;) (↑こんなことやっているから目の上のタンコブ状態になるんだな ^^;)
私だって、余計な波風立てたくてやってるわけじゃない。最終目的到達の為に方法と手段を選んでるだけだと思っている。その -まとまり- が私が思う所の -まとも- な方ばかりで、ちゃんと意見交換出来て、納得できる結果が得られるなら、ちゃんとした段取りは踏もうと思ってはいるけど…そうじゃないんでね。まあ、最終目的到達の為の1つの戦略って事になるんだろうな。と思っている。 (相手が相手だからね~ ^^;)
全部じゃないけど、一時、はじかれたり、文句言われたりはあるけど、結果が出るころには、一匹猫さんが○○してくれてよかった。って場合が多い。
-仲良しさん- を大事にするのは、悪いこっちゃないんだけどね~。-足並み- も -そろえる必要- がある時とあえて、-そろえるのを避けるべき時- とがあるって事なんだと思う。 目先だけに限った -足並みをそろえる- 事には、注意は必要なんだろうな。
-足並みをそろえなきゃ- って心で思う時って、だいたい、「あの人に悪いから~」って思える -相手- がいるはずなんだ。-足並みをそろえなきゃいけない- と思いつつ、単独行動をしてしまった時は、その相手に一言謝っとけば、大した問題にならない。
-足並みをそろえる- つもりで、-旗- 振るわけでもなく、何もしないってのは、自身が怠慢なだけと思う。その言い訳に「足並みそろえなきゃ」とか「みんなでって思って…」を使ってるんじゃないか。
で、-足並みをそろえる- 必要があって、いざ、-足並みをそろえる- 時は、 -そろえる必要のあるメンバー- に取りこぼしの無いように注意を払わなきゃいけない。と思う。これ抜けると、誰かが寂しい思いをすることになる。



ご訪問、コメント、ありがとうございます。m(_ _)m
また、返事が遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
『いやがらせ』を受け闘っていたとのこと、大変でしたね~
お気持ちお察しします。
言い方が変かもしれないですが、親なのに、『駄々っ子』的な方が少なくないように思います。
もうちょっと、周りが見えて、先の事を考えられたらいいのに…なんて思います。
また、いらして下さい。
私も、ぼっち上等な方なので、群れの中の人って自分の脳みそで判断が出来なくなっちゃうのかな?とびっくりしちゃいます。
私も、上に子供がいるので、あ~この既視感…って感じですが、一匹猫さんはスタンスがしっかりされていてすごいですね。
また読みに来ます。
はじめまして。
ご訪問、コメントありがとうございます。m(_ _)m
>首がもげるほどうなずいちゃいました。
↑ 共感して頂けたみたいでうれしいです。(*^^*)
私も悩みは尽きなくて…いろんな方がいて、いろいろ事件めいたものがあって、少しでも参考になればと、結論めいたものが見えたモノを記事では書くようにはしています。正しいかどうかは別にして…(^^;)
又のご訪問、お待ちしています。