幼稚園にしろ、小学校にしろ、中学校にしろ、高校にしろ、
概ね、卒業がやってくる。
-卒業式- は、その学校の最後を締めくくる行事になる。
それに付随して、-謝恩会- なんてのがある。
-謝恩会- ってのは、
卒業生や父母が教師に感謝する目的で開く会
って事になるんだけど、
うちの子どもの通う小、中学校では、最近は、
-卒業を祝う会- って呼んでいる。
なんでも、-謝恩会- にしてしまうと、
先生方が、-ご招待- 扱いになるそうで、
そうなると、実施するにあたって、問題が少なくない?
って事で、-卒業を祝う会- と呼ぶようになったとか?
まあ、解釈でいろいろになってきちゃうものなのかな?
学校行事って考えると、
準備段階で、先生方、抜きってのは、無理もあるだろうし~
予算の面とか、いろいろあるんだろうな~
-一緒にワイワイやりたい- って趣旨で、
言い方に引っかかりがあるなら、
あえて、それを使う必要はないわけで…
ってなわけで、今のところ、うちの方では、
-卒業を祝う会- って事になっている。
私は、単純に、
名前なんかどうでもいいんじゃないか~、と思いつつ、
-お世話になった先生方にお礼のご挨拶をする会-
くらいに思ってる。(← いいのか!)
でも、突っつき処はないにこしたことはないかな?
で、PTAとしては、-卒業を祝う会- も業務の一環で、
うちの方では、その学校の最高学年時に、
-卒業準備委員- っていう役どころが存在する。
業務内容は、当然、
-卒業を祝う会- の開催
かと思うんだけど、なんか、おかしなことになっている。
(うちの方だけかな?)
-卒業準備委員- の、業務開始が、
『-卒業を祝う会- をやる、やらない』、のアンケートから!
だったりする。
これって、どうなんだろうね~?
そのせいもあってか?
-卒業を祝う会- を実施しない学年なんかが出てきた。
実際、うちの2男が6年生の時、
「やらない!」決定をしてた。
経緯を調べてみると、
アンケートを取ってみた所、「やらない」意見が多かったのと、
役員の中で、「やらない!」って意見が多かった。とのことだった。
私の感覚では、
-卒業準備委員- っていう組織が立ち上がっているなら、
-卒業を祝う会- は、この時点では、-開催- だと思うんだけどな。
そうでもないのかな~?
業務があるので、役員が必要で、役員選出は行うもので、
-卒業準備委員- の業務は、
-企画立案⇒準備⇒開催- って事。
と、私は、解釈しているので、
「やるか! やらないか!」
という問いをするなら、役員選考前だろ。
と思うんだけどね~、私の感覚がおかしいのかな?
PTAはその学校によって、問題点も様々で、
うちの方では、概ね、学年が上がるごとに、やり手減少、
嫌々やるって方も少なくない部分がある。
-卒業準備委員- は、
最高学年になる前の学年、
小学校なら、5年生時、中学校なら、2年生時、
役員選出をする。
(役員業務をできればやりたくない方が少なくない?)
「やるか!やらないか!」ってことになれば、
「できれば、やりたくない!」って心情が先にくる。
なんてことがないとはいえない。(← 勝手な私の読み)
アンケートもね~
開催の有無決定をする趣旨のものではなかったし、
全員分回収できたわけではなかったし、
「やらない!」が多いったって、1票差とかだった。(^^;)
なんだかな~
そんなこんながあったせいで、私は、その後、
-卒業を祝う会- について、自分なりの指針を持つようにした。
だってサ~、一般の保護者が、
-お世話になった先生方にお礼を述べる-
なんて機会、そこ外したら、ないに等しくなっちゃう。
そんなんでいいわけないと思うんだよね。
時と場合によるのかもしれないけど、概ね、
-礼節- ちゅうものは、重んじといた方がいい。
っても思う。で、
-卒業を祝う会- あるいは、-謝恩会- と
呼び名はいずれでも、
私の中では、継続が必要と思われる行事であり、
多数決で決を採る性質のものではなく、
誰か1人でも、「やりたい!」人間がいるならば、
やらねばならない行事。
呼び名はいずれでも、
私の中では、継続が必要と思われる行事であり、
多数決で決を採る性質のものではなく、
誰か1人でも、「やりたい!」人間がいるならば、
やらねばならない行事。
↑ な~んて考えで、扱うようにした。(乱暴か?)
2男が小学6年生の時の、
-卒業を祝う会開催の中止- は、
私には、苦い思い出。
2男が中学の時は、学年部(部長)にいたけれど、
-卒業準備委員会- の会議には、全て立ち会った。
「やる、やらない」のアンケート案でも
出ようもんなら、阻止するつもりでいた。
また、全員参加が無理なら、
有志参加でも実施が望ましい。とも提案した。
3男の小学校時代には、
-卒業準備委員- のサポートをした。
-卒業準備委員会- が立ち上がってからの、
「やる、やらない」の協議はしていない。
物事というモノは、消滅は簡単だけど、
再興は難しい…のではないかと思っている。
たいしたことはしていないが、
言い方変かもしれないけど、
「私の目が黒いうちは…」 ↑ を実践してる。(つもり)
世の中の変化は目覚ましく、
一見、煩わしく思えるモノも少なくない。
でも、「めんどくさい。」や「嫌。」ってだけで、
無くしていく方向に走るのは、問題が少なくないと思う。
流されることなく、
考えねばならない時になるように思う。


