その足並みがある程度そろっていれば、-軋轢- なんか生まれない?
-温度差- なんか生まれない?っても思うんだけど、
そこをどうにかしなきゃならないってのが、人間関係の面白い所でもある。
「あんたは、あんた!私は、私!」
そう言い放って、お付き合いを遮断できれば快適?
かもしれないけど、どんなによさげな方とのお付き合いだって、
小さな -軋轢- はあると思う。
もし仮に、気の合う友人がいて、100%分かり合えたとしても、
それぞれの考えがあるんだから、相容れないものもあると思う。
そんな中で生きていく。ってのが、人間ってもんなんだろうな~
どこで折り合いをつけるか、どこで折り合いをつけられるか、で、
生きやすかったり、生きにくかったりするんだろうか?
数日前に、・ママ友交際術-鎧兜は必要か?なんて記事を書いたけど、
-鎧兜- なんていうたいそうなものでなくても、
自分の殻から1歩外の世界に出たら、-7人の敵がいる- かもしれない!
って感覚は、必要だと思う。
-人を見たら泥棒と思え!- は、やりすぎかと思うけど、
| -善い人もいるけど、悪い人もいる- -自分も含め、善い人も悪い人も変化していくもの- -その、良い悪いも、立ち位置が変われば変化する- |
って考えは、持っていた方がいいように思う。
で、それを踏まえて身に纏う -鎧兜- って事になる。
そうじゃないと、戦車や潜水艦なみの装備が必要になってくる?
いろいろある人生の過程で、そうなっちゃったって場合もあるかと思うけど、
できれば、徐々にでいいから、軽装備になれるといいな。と思う。
-人生捨てたもんじゃない!- って思って欲しいかな。(← 大きなお世話?)
私の場合の -鎧- は、戦場=いろいろな人のいる世間 って、感覚で、
-公の顔を纏う- って感じかな?
当たり前っちゃ当たり前なんだけど、段々と薄れつつある?
個人差はあると思うけど、電車(パブリックな場所)でのお化粧とかって、論外。
あれ、動画サイトでアップされたら恥ずかしいように思うけど、
やってる方は、そういう感覚もないんだろうか?
「自分の部屋の4畳半背負ってくんじゃね~」って言ったら、言い過ぎ?(^^;)
それはさておき、-公の顔を纏う- 部分は、
-立ち位置を考慮した透明人間である- ことを目標にしている。
「何!それ?」って感じ?
なかなか、思うようにはいかないんだけどね~
自分の好き嫌いは除外して、
立ち位置に求められている -あるべき姿- を実行する。ってのが理想かな?
理想像はあるに越したことないんだけど、私が不器用なせいか、
いつも、場当たり的な、対処療法だったりするけど…(^^;)
-透明人間- ってのは、正しい使い方かどうかは?だけど、
他人から見て、言ってることと行動が一緒の分かりやすい人とか、
細かい説明が必要になるようなことをあえてしない。みたいな?
そんなことを心がけてる。
-言葉- ってのを巧みに操れればいいんだろうけど、
説明がいま1つめんどくさいし、(← 上手く伝わるかどうか自信がない)(^^;)
聞いて欲しい人が必ずしも聞き耳を持ってくれるとは限らないからね~
「私は、こう思ってるから、こう行動してるんだい!」
ってな感じで、言動と行動の一貫性ってのに気を遣う。
いいのか悪いのかはわからないけれど、
とりあえずの私にとっての、私の -鎧兜- のBESTかな?
だから?防戦一方ばかりじゃない。
考えと行動の一貫性を追求すれば、攻撃に出ることもある。(^^;)
まあ、人によって、-鎧兜- もさまざまになるだろうけど、
無敵のモビルスーツにはならないってのは、頭に入れておかないとね。
人のこしらえるもの。所々、ほころびはあるんだよな~
私の -鎧兜- も、メンテナンスは欠かせない。(^^;)


