部活は、小学、中学、高校、大学、まであり、活動の趣旨はそれぞれだと思う。大なり小なり、大会やコンクールがあり、それについての、学校、顧問、(組織としての)・・・目標があると思う。また、やるのは個人なのだから、その中での個人の目標もあるはず・・・より高みを目指すのは悪いことじゃない。
でも、(言い方悪いが)所詮部活は部活で、長い人生の1部分であり、教育の一環に位置していると思う。特に、小、中、などは、部活動を通して、学んで欲しいことは少なくない。と思っている。
だから、中学などの部活は、勝ち負け以前に、取り組みは、中学生らしいものであるべきだし、それに問題があれば、学校側は、しかるべき措置をとるであろうし、そうなった場合、親としては、何が悪かったのかを考え、必要なら、子どもの生活態度などの軌道修正を考えるべきと思う。ってのが、私の考えなんだけど・・・
現、中2の3男の部活(バスケットボール部)で、予定されていた練習試合が、急に中止になったことがあった。(8月の事)私は、個人面談で、担任から、部活の問題(2年生の部活さぼり事件)が学年扱いになってる。って聞いていたせいもあって、
-練習試合中止- は、学校側が、↑ を、その部活内の問題とせず、重く受け止めてるってことの意思表示で、多分、その都度、指導は入ってるけど、改善が見られない。って判断をしたって事なんだと解釈できる。と思ったし、まともな学校なら、黙っちゃないわ。なんても思ったよ。(そりゃそうだよな~的な)だって、その後、さらに、-練習試合のコートマナーが悪かった事件- ってのもあったわけだしね。
-練習試合中止- に関して、保護者への説明は、特になかったけど、保護者会会長に聞いてみたら、
「-2年生の態度- に問題があったらしい。その為のペナルティらしい。」
とかなんとか。やっぱりね~、なんて、私は、勝手に納得しちゃったけど・・・
で、「いい反省の機会だな~、問題の部員が変わってくれればいいな~」なんて、期待して、その後の、練習試合を見学したりもしたけど、様子を見ていると、なんとかしようとしている先生方をよそに、反省の色が伺えない部員(N君ともう1人)がいるように、私には、見えた。で、また、おっかさん方からは、顧問の愚痴を聞かされて・・・
「新人戦近いのに~、あーたら、こーたら、」
いや~、物事の解釈にはそれぞれのものがあるとは思う。けど、↑ こんなこと(練習試合中止)があったら、学校側から特に説明がなくても、新人戦とか、顧問の愚痴とかの前に、親として、学校側の方針を推測し、やんなきゃなんないことがあると思う。
新人戦の勝敗や、顧問の愚痴とか言ってる場合じゃない!。私はそう思うんだけど、どうも、わかってはもらえない。
中学校は、3年間。子どもたちには、3年間しかないし、新人戦はそりゃあ大事だと思う。私はけっして「勝たなくていい!」と思っているわけじゃない。でも、もし、このままの状況が変わらないのなら、新人戦で、ボロボロに負けることで、子ども達が、良い方向に転換できるのであれば、致し方ないことと思う。
人生とか大人になったらとかのスパンで考えるなら、部活は、中学生活の1部分に過ぎない。目先の勝ち負けよりも、まともな大人とか、豊かな人生とかってのを考える必要はあると思うんだけどな。
私は、事の発端は、-顧問への愚痴- の扱い方の間違いで、保護者のそれを増長する姿勢だと思ってる。
赤いものがあったとして、「赤」に見える人も、「緑」に見える人もいるって事?それとも、最初に「赤いものがある」っていうのが間違ってるのか、と私は悩む。
また、「緑」に見える人間は、「赤」に見える人間は邪魔なものでしかない?。
赤いものがあったとき、「赤」に見える人間が「緑」に見える人間に理解を求めるのは 無理なのじゃないかと思ってしまう瞬間にもなる。
私は、自分が「変わり者かも?」って思うことは多々ある。だから? 私が、「変わり者」ってだけなのかな?でも、ここでは、私みたいな人間が「変わり者」になっちゃダメなんじゃないかと思ったりもする。
部活ママとの温度差は、今、どのくらいなんだろうな~(^_^;)これって、縮まる可能性ってあるのかな~?


