ケガしたり、させられたり、させてしまったり、
無いに越したことはないんだけど、子どもを育てていると、なくはない。
ワザとじゃなくても、ケガはある。
ケガさせてしまったら、申し訳ないと思う。だから、謝る。
ほとんどの人はそうだと思う。
長男が小学生の時、目の辺りにケガをして帰ってきたことがある。
担任から連絡があり、クラスで騒いでる中で、起きてしまった事故で、
申し訳ないと報告を受けた。また、ケガをさせた子もわざとではない。
と説明があった。
その日の夜、長男にケガさせてしまった子の親御さんが謝罪にみえた。
菓子折りと、見舞金を持って・・・
ケガも幸い、大したことはなさそうだったし、
治療代は学校関係の保険から出るし、見舞金は断った。
ケガの内容によっては、『お見舞金』なども必要なんだな。と学んだ。
2男は、昼休みにサッカーをしていて、蹴る方向を間違え
女子にボールをぶつけてしまったことがある。
2男はやってしまったことを報告してくれるので、聞いたすぐ後に、
電話をして謝罪した。伺ってお見舞いを・・・と話をしたけれど、
「わざとではないんだし、いいですよ。」なんて、断られた。
後になってわかったけど、しばらく通院していたという。
2男は、よほど申し訳ないと思ったのか、その子に会うたびに謝ってたらしい。
後で、先方の親御さんから聞かされた。
ワザとじゃなくても『ケガ』は『ケガ』。
第三者的立場の大人がいない所でのケガは厄介で、
「蹴られた。」「蹴ってない。」
「やられた。」「やってない。」
子どもに聞いても、言い分は食い違う。
真実は、闇の中・・・あったことをあったまま、語るのは子どもには難しいし、
深い意味はないけれど・・・嘘を言う場合もある。
嘘じゃなく、そう思い込んでる?場合もある。
「僕は、なんにもしてないのに!」とかって。
子どもには、客観的に物事を把握し説明するのは難しい?
あるいは、その言葉で、いろんな場面をやり過ごしてきた経緯でもあるのかな?
親も自分の子どものことになると、客観的になるのは難しいらしく、
自分の子どもの言葉だけが、真実になる事が多い。
それで、自分の子どもが悪者になったとしたら・・・残念ながら、
「いなきゃ、話にならない。」
と、見ていなかった自分を反省し、
確認できる事実だけに目を向け対処するしかないと思う。
解釈がそれぞれなのは仕方のない事なんだもん。
そこに、ケガをしてる子どもがいる。っていう事実があったとしたら、
「ケガするほど、強く押してない!」って言ってもね~
先だって、部活の後輩がそんなトラブルを嘆いていた。
ケガをさせてしまったのは認めているのだけど、ケガの重さの認識に差がある?
相手は、診断書まで出してきたって。
片方からの話で、判断はできないので、黙って聞いていた。
ありゃぁ。とは思ったけれど、ケガをさせてしまったのは事実で、
先方がケガの度合いを、診断書とるほどって思ってるのも事実なんだから、
それは、受け止めないといけないんじゃないか?なんて思った。
また、自分の子どもを肯定して相手を否定するって意味合いでは
どっちもどっちのようにも感じた。そうでもない?
ご本人的には不本意かもしれないけど、
事実を真摯に受け止め、対処するしかないっしょ。
そこクリアーしてから、誤解があったら解いていく。
それが、妥当なんじゃないのかな?
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子育てトラブル-ケガさせたり、させられたり
2013年11月24日
子育てトラブル-ケガさせたり、させられたり
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どんなケガでも、ケガの原因を作ったほうは
言い訳も言い逃れもできないと思いますねぇ。
まぁ、「愚痴」なら、身近な人に言うくらいは
するかも知れませんが。
わざとじゃなくても、ケガさせてしまうこともあるし
難しいですね、男の子は。
クマの学年も、いまだに廊下を爆走する子が多いので
冷や冷やします・・・
2男さんみたいに、素直に謝れれば
印象もいいんでしょうけどね。
やっぱり・・・はなから「ウチの子は悪くない!」みたいな
それってケガしたこちらが悪いの?みたいな
態度はよろしくないですよね。
少し説明不足だったっす。う~ん。うまく言えないのですが、
ケガさせてしまった方に、『甘え』みたいなのを感じる時があるんです。
「このくらいで、大げさな!」みたいな。
おうちでは、「ツバつけときゃ治る。」でもいいんだけど、それをケガさせといても言う。
それはちょっと違うのじゃないかと・・・
確かにこのくらいでなんで?ってくらい騒ぎすぎる方もいますが・・・
そう思うことは勝手な解釈なんですよね。
同じケガだとしても、思いは全然違っていたりする。
事実をどう捉えるかって難しい・・・そんな風に思ったです。