『勝負』というものには、『勝者』と『敗者』が存在するわけで、勝ち続ける者ってのは、高校野球だって、1チームだけ。そんだけ、難しいことなのに、勝ち続けなければいけないとしたら、随分行きにくい世の中だと思う。
でも、世の中のある部分の人は、『勝者のレッテル』が欲しいからか『勝ち組、負け組』なんて言い方もしちゃう。スポーツで言ったら、勝てるに越したことはないけれど、『負ける』ことから学ぶことは少なくないと思う。そうでもない?
『勝ち』続けるんは難しいのに、『負ける』事が許されない・・・ 私たち大人はそんな厳しい場所に子どもを追い込んでいないかな~ って、反省しなきゃいけない気がする。
常勝を望まれれば、 勝てる勝負しかしたくなくなる。 強いものに向かうことを避けるようになる・・・ 負けないためには、 負けない相手と相対するしかない。
果てしなく続く勝ちの道から外れないために 弱者を造り上げる手段に出る? 人としての凸凹に目を向けないで、 他者との比較での有能感に頼る? 己の存在が、他者との比較でしか 証明できないと思ってしまう?
そんな悪循環を感じる。
いじめに至らなくても、子どもが弱そうな相手にちょっかい出すなんて事はしょっちゅうある。力関係を模索しているようにもとれる。
1対1で勝てなければ、数で勝とうとする。
そんな力の勝者と敗者のラインが引かれれば、弱者攻撃の『いじめロード』がスタートする?
そんな風に思う。



賛成を前提に、虐めロードの道はまだ色々あるのかも。私はラケットやズボンなども子供に大事にしろと言ってきました。
子供が間違った方向に行くケースは、最初は物にあたるからスタートすることも多いのでは。例えば、かばんを大事にしない、グローブに傷をつけるなど、人の物や公共物や自分の物を大切にしない人が、またはある行為に飽きると、学校の水道栓やガラスなどを壊します。ガラスを破戒し、校舎に入ったり、水道を出しっぱなしにして水浸しにします。こうなれば他人を傷つけるのは後一歩。
ものを壊すことが見つかり、咎められると、次は弱い生き物を虐待することも多いのでは。鳩の足を切るなどです。そして最後に弱い同級生や下級生を苛めるようになる道もあるのでは。
当方は虐めの三段跳びとして、物を壊す、弱い生き物を殺す、弱者を苛めると呼んでいます。ご両親や先生が、良く連携し、注意して見ていたら、小さな問題で終えることができるかもしれません。
ご訪問、ありがとうございます。
絶対に負けない相手が欲しいんですね。 よく分かります。
「数で勝とうとする」から、多対一になるんですね。
「負ける」という状況が、心を不安にさせるのでしょうねぇ。
人と人との関係は勝ち負けじゃないのに。
私はどうだろう?って考えてみると
「負ける」のは、むしろ嬉しいことのように思えます。
自分の知らないこと、できないこと、思いつかないこと
ひっぱってくれる人がいるというのは嬉しいことです(^-^)
で、最近私は、自分の子どもたちに
「負けた」と感じることも多いですw
何事も、親に勝てない子供はほとんど居ません。後世畏るべし。居るとしたら最初から諦めていた人でしょう。親が偉すぎる場合です。歴史上、良くあるケースかも。二代目が家を潰す例です。
子育てに家族バドミントンが役立ちました。10年バドをやっていた野球部崩れの中年が、中学で部活を始めた息子に夏合宿以降勝てません。私は当然と思っていました。
何故バドか、女性も同じルールと規則、ミックスもあるから。お母さんも簡単に息子さんに負けるから。娘にもでしょうが、3年生まで大丈夫かも。市の大会で優勝した娘にも、3年生まで勝てました。
私は、中学で野球部に入り、父や叔父より、秋に上手く投げられ、打てました。叔父は会社の草野球でピッチャーで4番。俊足が高校時代の売りの人。
子供は成長します。家族でスポーツをやればすぐ分かります。お父さんが大学で選手でなければ中学一年で抜けるでしょう。数学も英語もまず抜けるのに、お父さんが先生なら無理です。何時もプロとしてやっているからです。
勉強ではありませんが、私は小6のとき、学園祭の将棋大会で優勝しました。先生も大学生も参加しました。大学将棋部員は参加できませんでした。私は優勝し、ご褒美として、部員に何局か二枚落ちで指してもらいました。私は全負。
大学の将棋部の人はアマの4段くらい。部の一番の人もプロの4段に飛車落ちで全く歯が立ちませんでした。卒業生のプロが指導に来ていたのです。私はそれまで将棋の天才と誤解していました。
プロになるには努力が必要と知り、将棋を止めました。でも、将棋の力は仕事や先生稼業に、50年以上経って、役立った自己認識できました。それまでも仕事に役立ったのですが、分かりませんでした。
コメントありがとうございます。
一部のおっかさん方を見ていて思ったです。勝負ってわけでもないんだけど、
土俵にも上がってこない。向き合わない。何なんだろってずっと思っていて・・・
で、多分、一部のおっかさん方や一部の子供たちには、失敗も負けってことで、
だから、学ばないし、強い相手に向かわないから根気も育たない。
そんな気がします。
でも、何か足りないように男性である定年退職者は感じていました。そして今朝、最新の記事を読み、このコメントの上にあるコメントバックを思い出し、コメントしています。
一部のおっさんは失敗も負けって・・・のコメントに違和感があります。一部は極めて少数派でしょう。ネグリジブルでしょう。
何故なら、管理人様も外で稼いでいると思いますが、大抵のおっさんは稼ぎの為に外との関係の仕事を持っています。
失敗のない、お金を稼ぐ仕事はないのでは。成功間違いないと思えた新事業でも10打数1安打。サンノゼのベンチャーなら20打数1安打程度。事業にならないのは大失敗。家や車すら失いかねない。
日本でも、家の販売員なら、車の販売なら、数箇所の営業と打ち合わせする顧客へ販売。家電も同じ。即ち10打数1安打程度では。高い商品ほど打率は下がります。細かい失敗や後悔など、部下を持てば五分に一回です。
お客様は神様です。そのように思えと、経営者も指導している今の世の中。お客様は強いのです。お客様が弱いと思い、騙せるのは危ない会社かも。
そとの仕事をすると、強い相手と、好むと好まざるとに関わらず、立ち向かいます。家で弱いお父さんもきっとそうです。管理人様もそうではありませんか。
家や私生活はゆっくりと、リハビリ場にしたいのが仕事を外でして居る人かも。女性も男性も変わらないように私には感じられました。
おっさんと言う用語に違和感を感じたおじいさんのコメントです。
記事やコメントをよく読まれてから、ご意見を書かれているかと思うのですが、
毎回、書かれている内容がわかりかねます。
また、コメント者へのコメントなども、毎回、意味不明で、困惑いたしますし、
先様に不快感を与えるのではと、黙認の範疇を超えていると判断致しました。
他者のブログのコメントというよりは、ご自身の発信元で書かれるべきかとも思います。
つきましては、seesaaブログには禁止IPというものがあるのですが、
貴殿のIPをそちらの方に登録いたしました。ご了承下さい。