でも、正しい時に、正しい相手に、
正しい目的を持って、
正しい方法で、正しい程度に、
怒ることが必要なんだ。
って以前にも書いたけど、長男の幼稚園の時、卒園間近の時期、様子が変になったことがあった。それまでなんともないのに、園に行く時間になると、頭が痛いとか、足が痛いとか始まる・・・
『なんか変?』
と感じた。まるで、登園拒否。
子供って、言葉が未熟だからか、表現できないことに出会うと、そういう形で出てくる場合もある。とその時始めて知った。
人のココロと体の関係は不思議だ。体の中のバランスや、コントロールが正常でなくなると、危険信号として、何らかの形で表面化する。
『いったい、何があった!!』
まず、知り合いのおっかさんに聞きまわった。そして、本人に確認。
先生に『怒られた』事が原因・・・ 卒園式の練習で長男はうまくできなかったらしい。(←ドンくさいヤツだからな~)
でも、『怒り方』が・・・
『そんなんじゃ、小学校に行けないね。』
と言われ、
お給食を別室で1人で取らされた。
って言うんだよ。
うちは、長男の幼稚園時代に転勤があって、長男は、年少時とそれからの幼稚園が違う。その幼稚園は、小学校の学区を参考に入園した。入園後わかったけど、学習熱心な幼稚園で・・・上昇気質の子には向くかもしれないけど、まあ、長男には無理があったのかもしれない。
だけどね~その『怒り方』は変だと思ったし、うちとしては、このままでは小学校生活だって不安だ。
その頃は、『先生に何か文句言うなんてとんでもない。』みたいな感覚があったけど、訴えた。園側が変わってくれなければ、卒園できなくても仕方がない。 と覚悟を決めて・・・
ほどなく、園側が軟化したんだろ、長男の『あっち痛い!こっち痛い!』もなくなり、無事卒園できた。
子供は悪いことをしてはいけないと知るために、叱られながら育っていくものだと思う。けれど、やってはいけない『叱り方』ってのはあると思う。
『叱り方』ってのは、基本単純でいい。その時に、その行為を叱る・・・けっして、その子の存在を否定したりしちゃいけない。(未来も含めて)ジクジクそんなことするくらいなら、その場で手を挙げた方がよっぽどマシとすら思う。(そんときだけよ。)なんで叱られてるのかわかってもらわなければ話にならない。
後は、根気。すぐ結果がでる場合ばかりじゃない。
いずれにいても、その子の今と、未来に愛情がある、そんな叱り方が望ましいんだろうな。



但し、今日の話は幼稚園児、学童だけでないのかも。大学を出た、会社の新人もでしょう。結婚するまでかも。
怒り方は難しい。大人への叱り方などもっと難しい。怒ると叱るは違う、叱るのは良いと私も時々言うけど、自信がありません。怒りに任せて指導をしたのが本当かも。叱るはいいと言うのは嘘かもしれないと私は考えています。
事例は有り余るほど挙げられますが、管理人様にとって不要のようです。お子さんへ、大学を出ても幼稚園児と思って接していれば、しっかりした大人になるでしょう。貴方故。
最近の親もしっかりしていると安心でき始めました。ありがとうございます。
ぼやいていました。 物の分からない子ではないので
先生方の、感情に任せての怒り方に疑問を持っているのでしょうね。
最近どこかで書いたような気がしますが
「してはいけないこと」を叱るのではなく
「(大人の都合で)して欲しくないこと」に声を荒げる先生も多いです。
下の子たちも含めて、冷めた口調で淡々と報告してくれます。
かと思えば、末っ子の学年などは
買い食いや子ども同士の持ち物の交換などについても
先生からびっちり叱られていて(考えなしにする子が多いので)
そんなのはむしろ、親が本気で叱るべきところだよねと話しました。
先生まかせって・・・
ご訪問、ありがとうございます。
相手をよく見てないで怒るから、
怒りすぎたり、怒らなすぎたりするのかもしれません。(←今、思ったです。)
言い訳に見える時もある。
「私はこんなに怒ってるのに!」「私はちゃんとやってる。」的な・・・
『怒らない』 『怒りすぎ』 どっちもあるし、
怒られる方のダメージも差がある。難しいです。
怒らないで、良い方向に向かう工夫を考えた方が良い気もします。
できれば、「怒る」は、最終兵器でとっておく、ってにするとかがいいのかもしれません。
褒めたらポジティブフィードバックがかかります。最初は小さいアウトプットでも、大学や会社では大きな帰還がかかります。上司から褒められると上手くできる社会人が生まれるでしょう。何時も叱られていると逆パターンです。次第に失敗する人になり、結局組織からスポイルされます。日本だけでなく、アメリカや欧州のほうが厳しいかも。
とにかく、管理人様のお子さんは大丈夫でしょう。管理人様の個性ゆえです。