現在中1の3男が小学校1年生の時のこと、同級生の女の子が入院した。病名は小児性白血病。千羽鶴を贈った ・・・私が発起人となって。
その時、悪いことではないはずなのに躊躇した自分がいた。
入学してまだ、数ヶ月、それほどよく知らないクラスメイトへのお見舞い、鶴をクラスのみんなに折ってもらうのはいいけど、小学1年生、折れる子と折れない子がいる。親の手伝いがいる。その親がどう思うか・・・私は、この小学校で、わずらわしいことを避ける親たちをたくさん見てきた。ブツブツ言う人もいるかもしれない・・・
また、物事には王道というか、スタンダードってのがあると思う。この場合だったら、多分、先生、あるいは、クラス役員の保護者当たりが仕切るのが、スタンダード?私は役員でもなんでもない。そんなもんから外れることという抵抗感らしきものの存在。
そんなんでの躊躇だったように思う。
だって、最初、1人で折ろうかとも思ってたもん。でも、そんな鶴、意味がない。毎日100個折れば、10日で終える。とか真面目に考えてた。(^^;でも・・・思いに突き動かされた。
保育園が一緒でね。元気な頃のその子しか思い浮かばなかったんだ。あの小さな身体で、心で・・・なんて考えたらいてもたってもいられなかった。そんな思いに突き動かされた?
先生に相談し、許可を取り付け、メッセージカードと折り紙を用意し皆にお願いした。クラスが違っても、同じ保育園のおうちには事情を話して協力してもらった。
病気の彼女は、闘病のため遠くの病院の院内学校に転校したけれど、2年生の夏の終わり頃、完治して戻ってきた。
私がやらなくても誰かが声をかけたかもしれない。でも、それが、私であってもいい・・・そんなことを思った。
そんな時、サッと行動できる人もいると思う。そういう人はとても人間らしい暖かい人なのだと思う。人はそうあるべきなんだろう。とも思った。
私は、その時の「躊躇」を忘れない。
以前にも書いたけど、人には経験を積まないと咲かない花がある。
私はあの時、1つの花を咲かせる事ができたのだと思う。
あれから6年・・・ 自分の人間らしい思いからつき上がってくるものに出会った時、その行動において、私に躊躇はない。



よく分かってらしたでしょうし、どうしようか?と
ためらわれたのも分かる気がします。
逆に、そんな人の気持ちも気にせず
自分の考え中心で突き進む人もいますからね・・・
きっと、みなさん、一匹猫さんの「躊躇」を
配慮として感じ取ってくださったことと思います(^-^)
入院ツライですね。 ご家族も大変だし。
私は千羽鶴やお手紙をいただいた側です、3年生のとき。
やっぱり嬉しいものですね(^-^)
そうやって、みんなが待っていてくれる場所に帰ろうって
治療も頑張る気持ちになれます。
たくさんの「気持ち」をいただいた気分でした。
元気な時って、健康のありがたみがわからないものなんだと思いました。
ai*kero さんも入院経験者なんだ。
なんとなく、納得。